連載「”発達する”人事」第3回(発達障害のメカニズム)執筆者:小島健一

著者等

小島 健一

出版・掲載

産労総合研究所

業務分野

人事労務・産業保健相談一般

詳細情報

連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」

雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。今回は連載第3回になります。

第3回 発達障害のメカニズム

多様だが共通する何かがあるようだ

「発達障害」というものを理解したり説明したりすることは、とても難しいと感じています。そもそも、「発達障害」という診断名があるわけではなく、自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)、注意欠如・多動症(attention deficit hyperactivity disorder:ADHD)、限局性学習症(SLD)、発達性協調運動障害(developmental coordination disorder:DCD)など、多くの診断名の障害の総称が「発達障害」です。これらの各障害は併存して診断されることも少なくなく、また、同じ診断名であっても人それぞれに抱えている困難は、実にさまざまです。

大学で発達障害学生の支援に携わっている友人の次の言葉は、とても印象に残っています。「私は、診断名を聞かずに学生の相談に乗っている、と周りからよくいわれます。実は、診断名にはそれほど興味がありません。支援の手だては、本人を徹底的に理解することです」。この言葉には、さらに感銘を受けた続きがあります。「その学生が何に困っているのか、どこにつまずいているのかを具体的に確認します。それだけではなく、うまくいっていること、本人が大切にしていることも、同じ分量、確認します。うまくいっていることには支援のヒントがあります」。本当にそのとおりだと思います。「同じ分量」というひと言に、強い信念と厳しく自戒する姿勢をみた思いがします。

現代を生きるうえで、「発達障害」についての知識を持つことは、誰にとっても必要なことだろうと思います。ただ、私たちは、自分や他人に「発達障害」の特性とされている特徴があることに気づくと、ついそこばかりに注意が向かい、その人の持っている他の個性や能力がみえなくなりがちです。さらには、独特に見えたり、理解されにくかったりするのかもしれませんが、その人にも感情があり、好き嫌いがあり、その人なりの価値観があることも忘れがちです。「発達障害」の特性とされる特徴は、その人の一側面にすぎません。

それにもかかわらず、「発達障害」の特性とされている特徴が目立ってしまい、生きづらくさせているものは何なのでしょうか。その正体を知りたいと思っています。

感覚情報の入力・処理・出力プロセスの違いが本質か

自閉スペクトラム症(ASD)には、「3つ組の障害」と呼ばれる、①社会性(人とともに感じる能力)の欠如、②コミュニケーションの独特さ、③想像(イメージ)することが苦手という特性があるとされています。確かに、これらの特性があると、現代社会において、他人と仕事や生活をともにする際の支障にはなりやすいでしょう。

しかし、筆者としては、これらの特性が、ASDの人たちの抱えている困難の本質を捉えているようには、どうしても感じられませんでした。自分がそういった特性を多少とも共有しているからかもしれませんが、ピンとこない、というのが正直なところなのです。こういった特性をあまり持たない周囲の人たちにおいても、そういうものだと理解し、慣れていくことで、共存する道を探ることもできるでしょう。

ところが、ASDの人は、たびたび、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、痛覚、温冷感覚、体内感覚といった感覚が過敏である(ときには、鈍麻である)ことが知られています。また、道具の使用や力の配分がうまくできない不器用さ(運動障害)がみられることもあります。これらは、生きることそのものに直結する困難になりやすいですから、本人にとっても、より切実なことでしょう。

幸い筆者にはそのような困難さの自覚がないので、当事者からその経験している世界について教えていただき、想像してみるしかありません。たとえば、あるASDの人からは、仕事をしていると、長時間にわたってコーヒー休憩も取らず、業務に集中し続けてしまい、ものすごく疲れるため(「5倍疲れる」との表現)、毎日、家に帰り着いたらすぐにベッドに倒れ込み、眠り続けてしまう、と伺ったことがあります。

数年前に参加した「自閉スペクトラム症知覚体験シミュレータ」[1]の体験会では、強い衝撃を受けました。これは、ASDの視覚世界を体験することのできるヘッドマウントディスプレイ型装置です。ASDの人が経験していることが少なくない、コントラスト強調や不鮮明化、無彩色化、砂嵐状のノイズといった視覚症状が、環境からのどのような視聴覚刺激によって引き起こされているのか、その発生過程を計算論的に解析してモデル化し、誰にでも体験できるようにしたものだそうです。

実際、このヘッドマウントディスプレイを装着して見回した外界は、激しい動きがあったり、うるさい音がしたりすると、明暗がどぎつくなる、モノクロ調になる、輪郭がぼやける、羽虫のような光がたくさん飛び回るといった、まるで特殊効果をほどこしたドキュメンタリー映画を見ているようで、とても落ち着かないものでした。

また、ASDの診断を受け、「当事者研究」に携わっている綾屋紗月さんは、自身の中で起きていることを次のように表現しています。「大量に刺激が感受されすぎて、たくさんの感覚で頭が埋め尽くされている状態を、私は『感覚飽和』と呼んでいる」「この感覚飽和に陥って情報処理が追いつかないときに、いわゆる『フリーズ』や『パニック』が引き起こされている」。自閉とは、「身体内外からの情報を絞り込み、意味や行動にまとめあげるのがゆっくりな状態。また、一度できた意味や行動のまとめあげパターンも容易にほどけやすい」[2]

筆者は、感覚過敏は自閉症の結果ではなく、むしろ、感覚過敏が自閉症を形成すると仰っている熊谷高幸さん(福井大学教育地域科学部名誉教授)の説明[3]がわかりやすいと感じ。よく説明に使っています。不正確かもしれませんが、自分なりに要約すれば、こういうメカニズムです。一度に脳にインプットされる情報が適当に取捨選択されず、一瞬で脳のワーキングメモリーがいっぱいになってしまい、その処理が終わるまで、時間の経過によって変化した新たな情報がインプットされないため、相手の表情の変化や出来事の脈絡を読み取ることできず、過去の場面の記憶は鮮明に残り、将来の予測を持ちにくくもなる、というものです。

このように、筆者には、「発達障害」の本質は、感覚の入力・処理・出力というプロセスに違いがあること(多様性)だと理解したほうがしっくりくるのです。精神障害の1つとして扱われたり、精神障害と並列されたりする「発達障害」ですが、むしろ、これはもう、“身体障害”と認識されるべきではないかとも感じています。

[1] 大阪大学大学院工学研究科の長井志江特任准教授(現、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任教授)と東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野の熊谷晋一郎准教授の研究グループが、2015年3月に発表(東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構ホームページ http://developmental-robotics.jp/research/asd_simulator/ )。

[2] 綾屋紗月・熊谷晋一郎 『発達障害当事者研究 ― ゆっくりていねいにつながりたい』(医学書院・2008年)

[3] 熊谷高幸 『自閉症と感覚過敏 ― 特有な世界はなぜ生まれ、どう支援すべきか?』(新曜社・2017年)

【初出:「労務事情」(産労総合研究所)2020年6月1・15日 No.1407】

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