連載「”発達する”人事」第1回(問題社員の上司になったら)執筆者:小島健一

著者等

小島 健一

出版・掲載

産労総合研究所

業務分野

人事労務・産業保健相談一般

詳細情報

連載「“発達する”人事 ~ 発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」

雑誌『労務事情』(産労総合研究所)において2020年4月から1年間にわたり執筆して参りました連載「“発達する”人事~発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」(全12回)を毎週末を目安に1回ずつ掲載してゆきます。

第1回 問題社員の上司になったら

今回から、「発達障害の傾向のある人の雇用にかかわる留意点と実務」について、人事労務担当者や労働組合役員といった読者層を想定した連載を始めます。

「“発達する”人事」というタイトルは奇妙かもしれませんが、思い入れがあります。発達障害のある人が、たとえゆっくりであっても“発達する”[1]プロセスは、人が働くことをマネージする人事が成長・成熟するプロセスにも似ているところがあるように感じています。

最近の相談事例から

筆者は、20年余り、主に人事労務の領域で、企業にコンサルティングし、紛争の予防と解決の参謀として仕事をしてきました。だから、あまり弁護士らしくありません。「お前は何者か?」と問われれば、迷わず「人事マンです」と答えます(本来、“人事パーソン”と言うべきですね)。人事労務担当者、そして、人事労務担当者がその右腕になるべき、経営者の立場に寄り添い、その想いを受けとめるように努めています。

どの依頼者からも頻繁に相談を受けるのは、“問題社員”にどのように対処したらよいかという課題です。乱れた勤怠が一向に改まらない、失敗ばかりでやらせる仕事がない、同僚と軋轢を生じて孤立している、上司の指導をパワハラと断じて執拗に非難する、管理職として独りよがりで部署をまとめられない…等々、上司も同僚も持て余し、人事としても持って行き場がなくて困っている社員が、どの企業にも必ずいることかと思います。そのような社員に、発達障害の特性が垣間見られることは、ままあります。

最近の相談として、次のような2つの事例がありました(特定の個人や企業が想起されないように、改変を加えています。)。

【ケース1】

Aさん(50歳代)は、数年前に管理職として中途採用され、企画的な業務を担当していましたが、上司から指示された案件を放置することを繰り返したため、実務運営的な業務を担当する今の部署へ異動されました。

ところが、Aさんは、他の社員がすぐに覚えて、定時勤務で十分に処理していた業務を引き継いだにもかかわらず、数か月経っても業務のやり方を覚えず、毎日のようにミスや遅れを発生させています。

上司は、Aさんに、そのつど、丁寧に業務を教えています。しかし、Aさんは、すぐに、「マニュアルが不完全だ」と文句を言ったり、関係のない話にすりかえたりしてしまうので、とても指導になりません。

さらに、Aさんは、その日のうちに終わらせるべき業務を完遂させないまま帰ってしまうために、上司は、尻ぬぐいのために残業することがたびたび起きました。上司は、Aさんに、責任をもって仕事に取り組むことを求めましたが、Aさんは、「自分の業務量が多過ぎるからだ」と言って譲りません。

上司は、Aさんの仕事のやり方をよく観察してみました。すると、かかって来た電話に業務を中断されると、無駄話のような会話にのめり込み、電話を切ると元の業務には戻らず、他のことを始めてしまうことを繰り返し、結局、どの仕事も中途半端なままになっているようです。

【ケース2】

Bさん(40歳代)は、新卒入社以来この会社に勤続しており、技術部門で一人の仕事が多かったのですが、数年前に管理部門へ異動すると、管理職として部下の指導にあたることになりました。

ところが、Bさんは、部下の仕事に、自分が求める水準に照らして不十分なところがあると、しつこく追及するようになります。Bさんが納得のできる受け答えを部下ができるまで、30分でも1時間でも延々と、理詰めの質問をたたみかけるのです。

Bさんが部下に求めていること自体は正論であって、Bさんは、声を荒げたり、暴言を吐いたりするわけではないのですが、部下たちは、Bさんがいつこのような状態になるか分からないので、いつもびくびくし、相当に気を遣ってBさんと話をしている状況です。

上司は、Bさんに対し、たとえ業務指導であっても、相手の理解度に応じた指導をすべきであり、手短に話を終わらせるようにと注意をしました。ところが、Bさんは、「自分も時間を無駄にはしたくないのに、部下がいい加減な仕事をしてそれをごまかそうとするから、このように指導をせざるを得ないのです」と弁解します。さらに、「部下たちにいい加減な仕事をさせるのがあなたの指示ですか?」などと言う始末です。

管理職にとって必要なこと

発達障害のカテゴリーの中でも、Aさんには注意欠陥・多動性障害(ADHD)が、Bさんには自閉症スペクトラム(ASD)が、どちらかと言えば強めにうかがわれますが、Aさんには限局性学習障害(SLD)も隠れているかもしれません。

しかし、人事や上司から、診断を受けるように勧めることは、問題解決に有益とは限りません。自分からその可能性に思い至ったり、病院で勧められたりしたのでない限り、他人が、ましてや会社から、発達障害の可能性を指摘したり、受診を勧めたりすると、激しく反発され、かえって事態を悪化させるおそれがあります。また、発達障害の特性自体は診断基準を満たさなかったり(いわゆる「グレーゾーン」)、診断のために必要な子ども時代の生育歴が分からなかったりして、発達障害の診断がつかないことも多いのです。

先日、ある組織の管理職研修では、参加者に、自分が上記の2つのケースで直属の上司だったと想定し、次の問いについて考え、話し合っていただきました。

〔問1〕あなたには、どんな考えと思いがわき上がってきますか?

〔問2〕あなたなら、この状況を解決するために何をしますか?

有効な対策を考える問2の前に、まず自らの感情に向き合う問1があります。発達障害の特性が見受けられるから、医療機関につなげるとか、「障害者」として合理的配慮を提供するとかを考える前に、まずは、仕事をする当事者として、自然に湧き上がる感情は抑え込まず、吐き出した方がよいと思います。それは、困惑なのか、怒りなのか、嫌悪なのか、蔑みなのか…。そうしなければ、上司自身がメンタルを病み、ダウンするおそれがあります。かといって、Aさん、Bさんに向かって吐き出せば、パワハラになりかねません。だから、管理職には、上司の上司による後方支援や管理職同士の経験共有、産業保健職によるケアやカウンセラーによるカウンセリングなどが必要なのです。

筆者自身、子どものとき、かなり強い発達障害の特性が現れていたと自覚しています。次回はまず、筆者が、誰に支えられ、どんな経験をして、どのように変化していったのかを振り返るところから始めてみます。幸運に恵まれたことを感謝していますが、うまく行った事例が解決のヒントになるかもしれません。

[1]  ドキュメンタリー映画「だってしょうがないじゃない」(2019年、監督:坪田義史、製作:サンディ株式会社、公式サイト:https://www.datte-movie.com/)をお勧めします。発達障害が“発達する”ことを実感できるはずです。

【初出:「労務事情」(産労総合研究所)2020年4月15日 No.1404】

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