「働き方改革につながる!精神障害者雇用」第2回 合理的配慮の提供(1)

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 合理的配慮を提供しなければならない「障害者」は、 法定雇用率の算定とは異なり、障害者手帳を取得している労働者には限られません。障害者として採用されたのではない一般の従業員であっても、現に、障害により就労に支障をきたしているのであれば、「障害者」として、合理的配慮を提供すべき対象になり得ます。

 したがって、事業主は、障害者雇用のコンテクストに限らず、全ての労働者について、その多様な個性を見極め、潜在的な能力を引き出し、組織的な仕事に包摂する「技法」として合理的配慮を提供するのが賢明なのです。

【第2回 合理的配慮の提供(1)】
 解雇権濫用の根拠に
 インパクト大きい改正法

◇手帳の所持を問わず
 平成28年4月から施行された改正障害者雇用促進法が人事労務に与えるインパクトは、想像した以上に大きいと感じている。なぜなら、この改正法によって企業に義務付けられた障害者の「差別禁止」(同法第34、35条等)と障害者に対する「合理的配慮提供」(同法36条の2、3等)の対象は、障害者雇用率の算定対象とは異なり、各種の障害者手帳を取得している障害者に限定されないからである。

障害者雇用促進法(抜粋)

第三十四条 事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者に対して、障害者でない者と均等な機会を与えなければならない。

第三十五条 事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない。

第三十六条の二 事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となつている事情を改善するため、労働者の募集及び採用に当たり障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。

第三十六条の三 事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となつている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。 

  同法2条1項は、「障害者」について、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む…)その他心身の機能の障害…があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」と定義している。この定義に該当すれば、障害者手帳を取得しているか否かを問わず、「差別禁止」と「合理的配慮提供」の対象であることは、同法の文言から明白である。

 さらに、この定義の中で、「長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け」ているとは、具体的に、どの程度の期間にわたって、どの程度の深刻さで仕事に支障があることを意味するのかは、明らかではない。しかし、行政は、精神障害者のための手帳を申請する際の添付書類として、精神疾患、発達障害等に係る初診日から6カ月を経過した日以後の診断書を提出すれば良いこととしている(厚生労働省「精神障害者保健福祉手帳制度実施要領」平成7年9月12日改正)。障害者手帳を取得していない社員が「障害者」に該当するか否かを判断する際、手帳交付に関するこの行政運用は考慮される可能性がある。

 このようなことから、たとえ健常者として採用された従業員であっても、現に、精神疾患、発達障害、難治性疾患などにより就労に支障を来しているのであれば、合理的配慮を提供すべき対象になり得るのである。各企業の経営者や人事担当は、この重大な事実に気付いているだろうか。

 すでに、改正法施行前の事案であるが、東京地裁平成27年7月29日判決(日本電気事件)において、裁判所は、入社後にアスペルガー症候群(注:発達障害に含まれる)と診断された労働者の就労可能性を判断するに当たり、当該労働者は障害者手帳を取得していないにもかかわらず、改正障害者雇用促進法による合理的配慮提供義務の趣旨を考慮すべきであると判示している。

◇企業規模も問わない
 障害者雇用に関心を持っている中小企業は、ごく一部に限られるのが実際かもしれない。確かに、法定雇用率2.0%の現在(注:2017年10月当時)、少なくとも1人は障害者を雇用しなければならない義務を負っているのは、従業員数が50人以上の企業である。法定雇用率が来年(注:2018年)4月から2.2%に引き上げられた後も、依然、従業員数が45.5人未満であれば、雇用義務はない。なお、この従業員数の計算に当たっては、週の所定労働時間が20時間未満である労働者はカウントされず、20時間以上30時間未満である労働者は0.5人とカウントされる(注:平成30年4月から5年間の時限措置として、精神障害者(精神障害者保健福祉手帳を取得した発達障害者を含む)に限っての特例として、週20時間以上30時間未満の所定労働時間であっても、雇用開始から3年以内か、精神障害者保健福祉手帳を取得して3年以内の人は1人とカウントされることになった)など、特殊な方法によらなければならないので、注意が必要である。

 ところが、「差別禁止」と「合理的配慮提供」の義務は、企業規模を問わず、すべての事業主が対象である。右に述べたとおり、これらの義務の対象となる労働者は手帳の所持を問われないこととあいまって、障害者雇用に全く関心がないような中小企業であっても、採用した労働者が「障害者」に該当することがあり得るのである。

◇明確な法的義務規定
 「差別禁止」や「合理的配慮提供」の義務を定めた改正障害者雇用促進法の法的な性格について、「公法的な効力はあるが、私法的な効力はない」と説明されることがある。企業は、国に対する義務を負っているが、障害者に対する義務は負っていない、という意味である。しかし、このことをもって、同法を軽んずることは、大変に危険である。

 国に対する義務であるからこそ、国の行政機関は、これらの義務に違反する企業に対して、助言、指導、さらに、勧告をする根拠がある(同法第36条の6)。

 これらの義務は、たとえ国に対する義務であるとしても、事業主が遵守すべき法的な秩序・規範の一部になったと考えることができる。したがって、たとえば、合理的配慮を提供すれば障害が職務に影響しないにもかかわらず、障害があることを理由として賃金を差別すれば、「公序良俗」(民法第90条)違反であるとして、障害者から事業主に対する損害賠償請求の根拠になり得る。

 また、事業主が、合理的配慮を提供せずに能力不足や業績不良であるとして障害者を解雇した場合、能力不足や業績不良の評価が、合理的配慮が提供されなかったことによって障害者の能力の発揮が妨げられた結果であるならば、解雇権濫用(労働契約法第16条)であるとして、従業員としての地位確認や解雇後の未払い賃金の支払請求の根拠になり得るのである。

 そもそも、同じく平成28年4月から施行された障害者差別解消法も、民間の事業者に対し、お客様等の外部の障害者に対する合理的配慮を求めるようになったが、その文言は「努めなければならない」というものであり、法的な強制力が弱い〝努力義務〟にとどめられている。ところが、改正障害者雇用促進法は、「措置を講じなければならない」という文言により、明確な法的義務として定められたという重みがある。

弁護士 小島 健一

初出:労働新聞3132号・平成29年10月16日版

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